K
こんにちは!紡ぐスタッフのKです!
最近はめっきり秋めいてきましたね。
昨年度末くらいからの自粛。状況は変わりつつも、外出控えが続いています。
何度となく交してきた、「落ち着いたら、収束したら、会おう」という言葉。
実現出来るのは、いつになるだろう。
一方、家での時間が増える中で
仕事や趣味のインプット量を増やし、小さなアウトプットもしたり。
はしゃいだり、盛り上がったりする機会は減ったけれど、
学び・考え・没頭する穏やかな楽しさを味わっています。
そうそう。
最近海外映画を見ていると、当たり前にLGBTQ+(特にLG)が登場します。
制作上の課題は諸々あるようですが、それは一旦置いておいて。
映像の中では、当事者の存在があまりに自然で、馴染んでいて。
当たり前に存在しているという表現に感動しつつ、
いや、事実存在しているのだから、
感動すること自体が不思議なのではと思いつつあります。
これはLGBTQ+に留まらずに言えることで。
世界には様々な人種・性別・宗教・障害の有無その他多様な価値観があり、
その全てが当たり前の存在で、違うことが当たり前。
最近知った、いや、知っていた筈の言葉。
「みんな違ってそれでいい」
この言葉を見掛けたのは、金曜日のソロたちへ(NHK)という番組。
番組では様々な一人暮らし(ソロ)の金曜夜の部屋にカメラを設置し、
一人暮らしの理由を探る訳でも無く、当たり前の存在としながら
個人個人のこだわりの部屋や至福のひとときを紹介します。
そして「みんな違ってそれでいい」と締め括られます。
そう。みんな違ってそれでいい。
そう教わり、過ごしてきた筈なのに、いつの間にか薄れてしまっていた。
改めて心に刻もうと思いました。